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むすびに



 古代から近世までの壁塗工事の変遷の中で、壁塗職の呼称がどのように変化し、「左官」という語彙がいつごろから使われだしたのかを述べてきました。しかし「左官」という語彙の使用が、なぜ地方(宇都宮)で早く、中央(京都)では遅くなったのかは、何らかの意味があるかも知れませんが、まだ解明されていません。

 「左官」の語源については、諸説あって明確な定説はありませんが、故山田氏によれば次のように述べています。

 日本の建築は木造を基調としているので、木工大工が主導者になるのが当然で、その地位は古今を通じて変わらなかった。しかし、その他の建築に関する職種は、時代によって異なる建築形態によりその地位は重くなったり軽くなったりして変化してきた。近世を振り返ると、壁塗工事の比重が飛躍的に増大し、木工工事に次ぐ地位を獲得した時期であった。まさに長官たる大工を佐(たす)ける次官的な存在になったという意味で、「左官」の文字を当てたことは妥当というべきかもしれない。



 本来、「右」にも「左」にも共に助けるという意味があり、「右」は上から助け、「左」は横から助けるという違いがあります。その意味から近世において壁塗職が大工に次ぐ地位を獲得して「右官」でなく「左官」と呼称したことはまさに適切であったと思います。




                        平成21年1月吉日

                           有限会社スズキ金物店
                           代表取締役 鈴木 俊昭



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