
        
むすびに
私は以前から東京墨壷や東京の鉋鍛冶・鑿鍛冶の人達そしてその組合などについて、関連資料をいろいろ探してきました。当時の関係者の人達が次々に亡くなっていき、多くのことが忘れられていくのが残念で、その名を大工道具に興味のある人たちに広く知ってもらうと共に、後世に記録として残すことが、大工道具全盛期の終盤に販売店として関わった最後の世代である私の責務であると思っていたからです。しかし資料がなかなか見つからずに、調べるのをしばらく中断していました。 |
ところが、当店の後継者である長男がホームページを作成し、発表の機会を得ることができましたので、65歳になった私に残された最後の機会であると思い、再びいろいろと調べ、その結果を書いてきました。 |
今回は、 |
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マークを鍛っている長弘鑿の田中一郎氏に電話をしまし |
たところ、「わたしよりも月島の池上左久作氏が詳しい。」と教えて戴き、さっそく池上氏にメールで鑿組合のことについていろいろお尋ねしました。突然のメールなのでお返事を戴けるのかどうか心配でしたが、すぐに大変に貴重ないろいろなご回答を戴き、池上左久作氏のご厚意に深く感激した次第です。 |
それと共に、二代目左久作の池上喬庸氏の著作「江戸鍛冶の注文帳」を二代目正芳の湯沢昭男氏からお借りして読み、鑿鍛冶組合や東京の鑿鍛冶の系統をさらに詳しく知ることにより、「語り伝えられた東京鑿共同組合」を書き上げることができました。 |
ほっとすると同時に、新たに東京鑿鍛冶の系統についてより詳しく調べたい意欲も起こり、これについては今後資料を集め、書き上げたいと思います。 |
(8月下旬に二代目左久作の池上喬庸氏が、お亡くなりになりました。
享年84歳でした。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 合掌 ) |
二代目左久作 作



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